【ご相談内容】相続放棄で足りますか?(祭祀承継者の指定の問題)

10年前に離婚しました。

夫の暴力と不貞が原因です。

夫は最後まで暴力も不貞も認めようとはしませんでした。

暴力は、被害者本人である私が言っているのですから間違いありません。

不貞についてもほとんど家に帰ってこず、数々の水商売の女性からの連絡でとっくにばれています。

ですが、当時は弁護士をつけてどうのこうのすると、またお金もかかるし、夫から養育費などとれるはずもないと思っていたので、ただ単に離婚届に判子だけついてもらい提出しました。

夫は出ていき、私と息子と2人で今日まで、なんとか、やってきました。

ところが、新潟のとある市役所から連絡があり、

「(夫が亡くなったので)唯一の法定相続人である息子さんに遺骨を引き取ってもらいたい」、

「火葬の費用を市で立て替えているので支払ってもらいたい」、

それから、

「夫が借りていた借家の大家が困っているので連絡とって後始末してあげてください」、

と言われました。

私は、10年前に離婚して、息子もそれっきり、父親とは音信不通のままです。

であるので、役所の人には、経緯を説明したうえで、

「突然、このようなことを言われても困ります」

と説明をしたのですが(新潟市を出て行ったのは知っていましたが、夫がそこに住んでいることさえ知りませんでした)、

「そんなことは役所は関係ない」、

「相続人である以上そちらで面倒見てください」、

と言われてしまいました。

そんなことがあるのでしょうか?

やはり、息子が全部引き受けしないといけないのでしょうか?

遺産とかがあるはずもなく、あってもどうせ借金ばかりでしょうから、相続放棄することは全く構いません。

それで済みますか?

【ご回答】~弁護士〔新潟市(新潟県)〕からのご説明~

単に相続人だからと役所の言うとおりにする必要はない

問題点としては、唯一の相続人である以上、役所が言ってきているようなことを全部引き受けなければいけないのか?
という点ですが、結論として、相続放棄をして「関係ありませんので」と言って、いろいろな要求を断るしかないでしょう。

遺骨引き取りと相続放棄

そもそも、遺骨を引き取るとかいうことは、相続放棄とは関係がありません。

相続放棄をするしないにかかわらず、誰が遺骨を引き取るかは、むしろ、祭祀承継者が誰になるのか、という問題にかかわります。

ですが、役所は、唯一の相続人であるから、息子さんが祭祀承継者になるべきだ!と役所は言ってくるかもしれません。

ですが、そこで、

「祭祀承継者だ」

「いや、この場合には祭祀承継者にはあたらない」

という言い合いにしかなりません。

ただ、言い合いになるのをおそれて言いなりになる必要はありません。

これや役所とあなた(息子さん)との負担の押し付け合いなのです。

通常は、話し合いで結論が出ない場合には、裁判所に祭祀承継者の指定の調停(審判)を申し立てることができますが、相続人でもない市役所が祭祀承継者の指定の調停(審判)まで起こせないでしょう。

現実問題としても、そこまでは市役所もしてこないと思います。(気になる方は、東京家審42・10・11家裁月報20・6・55)

相続人以外でも祭祀承継者になれる(松江家裁 平成24年(家)第60号 祭祀承継者指定申立事件 平成24.4.3)

こういう裁判例があります。

被相続人名義の本件墓地及びその近隣の土地に係る道路改良事業の起業者である申立人が本件墓地及び本件墓地上にある墳墓類について祭祀承継者が指定されておらず、かつ、被相続人の相続人の存否が不明であるとして、相手方を指定しないで、本件墓地及び本件墳墓類についての祭祀承継者の指定を自分(道路改良事業の起業者である申立人)にするように求めた裁判です。

この裁判では、

本件墓地は被相続人が所有していたこと、
・被相続人の戸籍等が見当たらないため、被相続人の死亡の時期は不詳であるが、本件墓地については、明治39年×月×日付けで被相続人名義による保存登記がなされており、現時点においては、被相続人が生存している可能性はないといえること、
・本件墓地及び本件墳墓類は祭祀財産であるといえるところ、その承継者についての被相続人の意思及び慣習は不明であること、
・本件墓地及び本件墳墓類については、現在、(申立人)が管理しており、(申立人)は本件墓地及び本件墳墓類の承継者となることについて承諾していること、

などの事情が認められるところ、これらの事実関係を前提とすると、祭祀財産である本件墓地及び本件墳墓類の承継者については、これを(申立人)と指定するのが相当である。

なお、祭祀承継者指定の申立てをするに当たって、相手方とすべき者が不明である場合には、相手方を指定しないで申立てをすることができると解されるところ、本件においては、上記のとおり、被相続人の戸籍等が見当たらないため、被相続人の相続人及び相続関係人の存否は不明であるから、相手方を指定しないで申立てをすることができる

として、被相続人と全く親族関係のない人に祭祀承継者が認められた例があります。

このようにして、いよいよ役所もどうしようも無くなれば、自ら祭祀承継者になった上で、祭祀承継者は、その墓を閉じようがどうしようが自由に行えますので、処分することもやろうと思えばできるわけです。

ただ、その手続きや費用の負担が嫌だから、誰もやらないだけです。

被相続人が家を借りていた場合の処理

他方で、その父親が借りていたという家の問題については、このままですと、どんどん未納の家賃が増えていって、しかも、原状回復費用等も請求がなされると思います。

ですので、こちらは、きっちりと相続放棄をして、法律上、父親(被相続人)の債務を承継するものではない、ということを確定しておく必要があります。

こちらも、大家から、頼むから何とかしてくれ、家賃も入らない上に、原状回復費用も持ち出しでは困る、等々言ってくるかもしれません。

そしたら、

「費用持ち出しはこちらも困る」

と言うしかないでしょう。