
【ご相談内容】相続放棄と年金
主人が亡くなりましたが、水道工事の個人事業を営んでおり、かなりの借金があります。
そこで、相続権の放棄をしようと考えておりますが、その場合に、年金がどうなるのかが不安です。

【ご回答】~弁護士〔新潟市(新潟県)〕からのご説明~
年金の未支給がなぜ起こるのか?
まずは、「年金」と一口に言っても様々な種類があります。
相続放棄との関係で問題になるのは、その死亡した本人(本件では、ご主人)が本来受け取るべきであった年金、つまり、未支給年金です。
そもそも、なぜに、「未支給」年金が発生するのか?ということですが、それは手続上、年金は、請求しないともらえないからです。
ですから、単純な話として、生前に、意図的に、あるいは、過失で年金を請求していなかった場合には、年金は「未支給」のままになっています。
このことは、老齢年金も障害年金も同じことです。
年金は自動的に支払われるわけではない
自動的にもらえると思っている人も決して少なくないと思いますが、年金は請求しなければもらえません。
しかも、請求したとしても後払いです。
年金は、年6回に分けて偶数月に支払われますが、例えば、6月に支払われる年金はそれに先立つ4月、5月分です。
ですので、当然ですが、6月に入ってすぐに亡くなってしまうと、2か月分の未支給が残るというわけです。
相続放棄しても未支給年金はもらえるのか?
そこで、その故人がもらいそびれた年金(未支給年金)を、相続放棄をしても、もらえるかどうかという問題については、判例もあり、答えとしては、
「未支給年金をもらえる」
というのが正解です。
以下に判例を引用しておりますが、要するに、未支給年金の規定(国民年金法19条1項)は、『相続とは別に』、一定の遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたものであるということです。
【死亡した人が有していた年金給付請求権を相続する】
のとは違うということです。
ちなみに、国民年金法19条1項は、「相続人」という定め方をせず、
『その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であって、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたもの』
と規定しているので、単なる「相続人」の概念とは同一でないことに注意してください。
【参考:最高裁判決平成7年11月7日】
国民年金法19条1項は、
「年金給付の受給権者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき年金給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは、
『その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であって、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたもの』
は、自己の名で、その未支給の年金の支給を請求することができる。」
と定め、
同条5項は、「未支給の年金を受けるべき者の順位は、第一項に規定する順序による。」と定めている。
〔右の規定は、相続とは別の立場から一定の遺族に対して、未支給の年金給付の支給を認めたものであり、
死亡した受給権者が有していた右年金給付に係る請求権が同条の規定を離れて別途相続の対象となるものでない
ことは明らかである。〕
また、同条一項所定の遺族は、『死亡した受給権者が有していた請求権』を同項の規定に基づき承継的に取得するものと理解することができるが、以下に述べるとおり、自己が所定の遺族に当たるとしてその権利を行使するためには、社会保険庁長官に対する請求をし、同長官の支給の決定を受けることが必要であると解するのが相当である。
【参考】遺族年金について
遺族年金も、その遺族がその固有の権利に基づいて受け取る年金であって、遺産・相続財産とは異なります。どちらかという生命保険の保険金に近いものです。相続財産ではない以上、相続しようが、相続放棄しようが、相続とは関係なく遺族年金を受け取ることができます。
相続放棄の事案ではなく、遺産分割の事案ですが、要するに、遺族年金は遺産の争いである遺産分割とは関係がないと判断した裁判例があります。
【大阪家庭裁判所 昭和57年(家)第3871号 遺産分割申立事件 昭和59年4月11日 】
そこでこれを遺産として分割の対象とすることができるか検討するに厚生年金保険法五八条は被保険者の死亡による遺族年金はその者の遺族に支給することとし、同法五九条で妻と一八歳未満の子が第一順位の受給権者としているが、同法六六条で妻が受給権を有する期間子に対する遺族年金の支給を停止すると定めている。そして妻と子が別居し生計を異にした場合でも分割支給の方法はなく、その配分の参考となる規定はない。そうすると同法は相続法とは別個の立場から受給権者と支給方法を定めたものと解され、相手方が支給を受けた遺族年金は同人の固有の権利にもとづくもので被相続人の遺産と解することはできない。
それではこれを相手方の特別受益財産として遺産分割上持戻計算することができるであろうか。その場合受益額の算定は困難であり、かりに平均余命をもとに相手方の生存年数を推定し、中間利息を控除する算式では一三六七万円となるが、これを相続開始時の特別受益額と評価することは明らかに過大であつて、受給者の生活保障の趣旨に沿わない結果となる。更に遺族年金の受給自体民法九〇三条規定の遺贈又は生前贈与に直接該当しない難点がある。
結局、本件遺産分割において遺族年金の受給、配分を考慮することはできないというほかない。