【ご相談内容】 民法上の法定単純承認についての裁判例
実父が亡くなりました。
実父は、母に先立たれ、その寂しさからか、老後になってから、スナックに入り浸ることが多く、
その関係で、年金だけでは足りずに、クレジットカードで老後の生活費(正しくは飲み代)を支払うことが多かったので、父が亡くなったら相続放棄しようと、妹と話し合っていました。
相続人は母もいないので、私と妹の二人だけです。
ただし、我々(私と妹)自身も生活が一杯一杯ですので、いざ、父が亡くなってしまった際に、葬儀費用全額を代わりに負担することができませんでした。
仕方がないので、父の亡くなった部屋にあった棚に置いてあった封筒の中の30万円を葬儀費用に充当しました。
そのお金を使ってしまった後にいろいろ調べてみると、どうも、亡くなった人のお金を使ってしまった場合には、相続放棄はできないのではないかと不安になってきました。
ですが、どうすればいいでしょうか?
今更ながらですが、それこそ、借金してでも封筒にお金を戻そうかとも考えています。
実父がどれくらい借金を抱えているかも分からない状況ではありますが、相続放棄はやはり無理でしょうか?
もし、封筒にお金を戻したとして、それはどうすればいいでしょうか?
【ご回答】弁護士〔新潟市(新潟県)〕からのご説明
相続財産の処分行為をすると相続放棄ができない
あなたがお調べになった通りでして、
「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」
は、相続人は、単純承認をしたものとみなす、と民法上規定されています。
従いまして、あなたは、相続財産である現金30万円を葬儀費用として支払いに使って処分しておりますので、「単純承認」した、つまり、自らが相続することを承認したことになります。
そして、相続するということは、現金や預金がある場合にはそれを取得することもできますが、逆に、借金がある場合にはそれも負担しなければならないということです。
葬儀費用の支出は、相続財産の処分となるか?
以上が民法の規定上の原則なのですが、問題は、葬儀費用の支払も相続財産の処分とみなされ、相続放棄ができなくなるかということです。
これについては、参考となる裁判例がございます。
”葬儀は,人生最後の儀式として執り行われるものであり,社会的儀式として必要性が高いものである。
そして,その時期を予想することは困難であり,葬儀を執り行うためには,必ず相当額の支出を伴うものである。
これらの点からすれば, 被相続人に相続財産があるときは,それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。
また,相続財産があるにもかかわらず,これを使用することが許されず,相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば,むしろ非常識な結果といわざるを得ないものである。
したがって,相続財産から葬儀費用を支出する行為は,法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)には当たらないというべきである。”
言い回しも平易なので、で分かりやすいとは思いますが、要するに、葬儀をするというのは、社会的に必要な行為であるから、それについての支出まで処分行為にあたる、として、相続放棄を妨げる必要はない(相続放棄できる)と言っているのです。
仏壇や墓石の購入は処分行為になるか?
あなたの場合には、純粋に葬儀費用の支出のみですが、この裁判例では、仏壇や墓石の購入についても判断されました。
”葬儀の後に仏壇や墓石を購入することは,葬儀費用の支払とはやや趣を異にする面があるが,一家の中心である夫ないし父親が死亡した場合に,その家に仏壇がなければこれを購入して死者をまつり,墓地があっても墓石がない場合にこれを建立して死者を弔うことも我が国の通常の慣例であり,預貯金等の被相続人の財産が残された場合で,相続債務があることが分からない場合に,遺族がこれを利用することも自然な行動である。
そして,抗告人らが購入した仏壇及び墓石は,いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上,抗告人らが香典及び本件貯金からこれらの購入費用を支出したが不足したため,一部は自己負担したものである。
これらの事実に,葬儀費用に関して先に述べたところと併せ考えると,抗告人らが本件貯金を解約し,その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が,明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)に当たるとは断定できないというべきである。”
仏壇や墓石については、少し、留保がついております。
『いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない』
『相続債務があることが分からない場合』
『一部は自己負担したものである』
このような事情のもとでは、処分行為に当たらないと言っているのであって、仏壇や墓石の購入は、なんでもOKですよ、と言っているわけではありません。
本件のケースでは相続放棄できるか?
以上の通りで、あなた達の場合には、葬儀費用の支出であり、しかも、一部をあなた達相続人が支出しており、金額は30万円と過大でなく、しかも相続すべき債務があるかどうかが不分明な状況での支出です。
ですので、ご紹介した判例に従えば相続放棄できるはずです。
ただし、この裁判例と言えども、最高裁判例ではありません。
相続放棄はできると思いますが、慎重に事情を説明する文章をお書きになってください。