【ご相談内容】遺産分割協議の錯誤について

父の遺言があり、借金と不動産は全部、長男に相続させると書かれていましたので、借金は長男が支払いをするだろうと考えて、私は、預金100万円を取得する遺産分割協議書にサインしました。

ところが、数年後、某信用金庫から、3000万円の支払いを求める内容証明が送られてきました。

中身を確認したところ、長男を含めた相続人3人(長男、次男、三男(私))全員がそれぞれ1000万円ずつ支払え、という内容でした。

ですので、私は慌てて信用金庫に事情を話して、

「必要なら、遺言書や遺産分割協議のコピーを送る」

と言いました。

しかし、

「その必要はありません。」

「すでに、あなた方は遺産分割をして相続しておりますので、負債は均等に負担になります。」

と木で鼻をくくったような対応をされてしまいました。

もらった100万円は、定期にしてあります。

これを返しても構わないので、なんとか勘弁してもらえないでしょうか?

やはり、遺産分割協議書にサインしたから、もう相続放棄は絶対無理ですか?

それとも、放棄の期限が3か月過ぎちゃているからダメですか?

【ご回答】~弁護士〔新潟市(新潟県)〕からのご説明~

相続放棄の期限はいつからカウントされるか?

相続放棄の申立て期限である3か月は、「自己のために相続の開始があったこと」を知った時から起算(カウント)されます。

そして、

「自己のために相続の開始があったことを知った時」

というのは、

判例上、「相続が開始したこと」及び「自己が相続人となったこと」を覚知した時とされております。

ただし、そもそも、3か月が経過する前であっても、

「相続人が相続財産の全部、または一部を処分したとき」

は、もはや、相続したものとみなされます。

お話の状況ですと、

『遺産分割をして、しかも、100万円を受け取って、定期預金にしてしまっている』

ということですから、3か月の期限云々の前に、相続したものとみなされる行為をしてしまっています。

したがって、原則から言えば、残念ながら、相続放棄を今更行うことは難しいということになります。

負債は相続人間で勝手に分割できない

ちなみに、相続財産のうちの負債については、相続人間で、誰がいくら承継すると、取り決めをしたとしても、それを債権者に対して、

「長男が借金は全部負うって、俺たち相続人で決めたから、こっちには請求しないでくれ」

と言うことはできません。

それは、相続人間内部の話であって、債権者が承諾していないのに、相続債務の承継割合を変えることはできず、法定相続分で承継すると決まっているのです。

しかし、本件の場合には、あなたは、遺言で相続人の負債は全部長男が承継するということが書いてあり、遺産分割協議の際にも、その長男が自分が債務を承継すると言っていたので、遺産分割に応じたのですよね?

ということで、少なくとも、負債については、「自己が相続人となったこと」を認識できない状況であったと思われます。

「単に、民法を分かっていなかっただけじゃないか」

との反論もあり得ますが、その点、相続人当人の法的知識も問題になると思われます。

ですので、あなたの場合には、債権者と話をして、初めて、負債について、「自己が相続人となったこと」を認識したものとして、相続放棄の3か月はそこから起算されるべきとの主張が考えられます。

しかし、

「遺産分割協議書にサインして、100万円をもらったことについては、どうなるでしょうか?」

と当然疑問が生じますよね。

これについては、考えますに、そもそも、

「自分は、1000万円の借金を背負っても構わないから、その代わりに100万円もらいたい」

という人ってあまりいないですよね?

通常の判断としては、

『債務の承継を長男が行うという前提のもとに、100万円の遺産分割協議に応じた』

ということでありましょうから、その大前提が違うということであれば、その遺産分割行為については、

根本部分に錯誤

があると言えます。

そして、錯誤があればその法律行為は

無効

です。

ですので、もらっている100万円は不当利得と言うことになり、返すことを前提に、相続放棄の手続を進めていくしかないと思います。

期限後の相続放棄は受理してもらうだけでは不安

ただし、本件は、簡単に考えないで、慎重かつ緻密に進めてください。

「適当にやって失敗したら、誰かに頼もう」

とか思うとえらい目に遭いますよ。

まずは、裁判所が相続放棄の申述を受理してくれるかどうかが第一関門です。

ただし、受理されたとしても、その某信用金庫は、

「裁判所が相続放棄を受理したとしても、その放棄は有効ではない」

と争ってくる可能性、つまり、某信用金庫から訴えられる可能性もきちんと踏まえて対策を準備しておく必要があります。