【ご相談内容】今更、相続放棄できますか?

1)父はとある上場企業の取締役をしておりましたが、昨年、亡くなりました。

会社の人たちはよくして下さり、葬儀の手配もすべてやっていただき、死亡の際の退職金の受領やら何やら、本当に助かりました。

長男への父名義のマンションの名義の変更のための司法書士や相続税申告の税理士もご紹介くださいました。

ところが、先日、会社の方から連絡があり、

「当社の株主の方で、少し、個性的な方がいらっしゃり、当社についていろいろとご不満をお持ちです。」

「何度かお話もさせていただいたのですが、結局のところ、その方から当社の取締役に対して株主代表訴訟が起こされるとの連絡がありました。」

「残念ですが、相続人であるお子様たちも訴えるとのことです。」

「それから、今後、どのような進行になるか分からないので、弁護士は各人が準備するということになりました。」

「訴状が届いたら、すぐに弁護士にご相談ください。」

と言われて、何がなんだか分からず、会社の方も、

「今後は、各人の弁護士を通じて連絡するようにしてください。」

としか答えてくれなくなりました。

何が起こっているのでしょうか?

2)長兄からは、

「お前は女で嫁ぐときに支度金ももらってこの家とは縁が切れているのだから、相続放棄しろ」

と言われました。

ですが、兄弟姉妹は、長男、次男、長女(私)の3人です。

次男は子供もおらず、すでに離婚してバツイチになっております(再婚等の予定があるのかどうかは分かりません)。

そして、長男は、結婚して子供が一人(娘)います。

そこで、私は、

「私は相続放棄するのは構わないが、私が相続放棄しても、息子に何か責任が行くのであれば意味がない」

と申し入れました。

すると、長兄は、

「大丈夫。」

「お前(長女の私)が相続放棄すれば、自然と、お前の息子も相続放棄したことになる。」

と言われました。

長兄は、人を騙すような人では決してありませんが、少し、おっちょこちょいのところがあるので、私は心配です。

【ご回答】~弁護士〔新潟市(新潟県)〕からのご説明~

株主代表訴訟

株主代表訴訟とは

株主代表訴訟とは、その会社の株主が、会社ではなく、会社の取締役の責任を追及する訴訟です。

責任を追及する理由は様々です。

会社の金を使い込んだとか、おかしな事業をして会社に損害を与えたとか、逆に、やるべきことをやらないで会社の損害を拡大させてしまったとか、本当に様々です。

本当は、被害者である会社自身が取締役の責任を追及するのが筋なのですが、会社が責任を追及すると言ってみたところで実際には、それもまた、会社の取締役がやることですから、同僚であったり、先輩だったり、後輩だったりと、意識や上下関係があることも多く、責任を追及することは期待できないことが多いです。
 
そこで、会社法上、会社が取締役の責任を追及しようとしない場合に、株主が責任追及をすることができるようになっております。

「株主による責任追及の訴え」ないしは「株主代表訴訟」と言います。

ただ、あなたの場合、お父様から何か

「今、こういうことで会社に損害が出てしまってまずいんだよ。」

とでも聞いていたのであればともかく、株主からなんで訴えられるのか訳が分からないでしょう。

相続人も株主代表訴訟の被告になる

それ以前に、なぜ、お父様が亡くなっているのに、あなたや他の子供が訴えられるのかが理解できないでしょうか?

それは、お父様を相続しているからです。

おそらく、 あなた達子供は、お父様を相続したため、マンションその他の財産を相続できたのですが、相続は同時に、負債ないしは法的義務も相続するのです。
 
そして、その負債ないし法的義務はその相続の際に顕在化しているものに限られないのです。
 
ですので、今回のように、相続が終わってから、株主代表訴訟などの損害賠償請求において、損害賠償の義務を負わされる危険性もあります。

おそろしい話です。

不動産の名義変更後の相続放棄は原則できない

しかも、不動産の名義変更までしているため、今更、相続放棄は認められないでしょう。

ただし、実際に相続で不動産をもらったのは長兄なのに、なぜ次男やあなた(長女)が相続放棄できないのかも納得いかないかもしれません。

しかし、長男に名義を変更しているということは、あなたや次男も遺産分割で、その不動産を処分したということになるので、これは相続人しかなしえない行為なので、他の2人も相続放棄ができなくなる(相続したと見做される)ことになるわけです。

ですが、それだけ巨額の賠償金になるかも分からない中では、可能な限り、相続放棄も今更ですが、チャレンジする必要があります。

認められないからと何もしなければそのままです。

土地の名義変更に関する遺産分割は、錯誤などの主張(※)を考えていくしかないです。

※この点については、遺産分割後の相続放棄を認めた裁判例もありますが、今回はその詳細の説明は割愛します。

さらには、その株主代表訴訟もまだ負けたと決まったわけではありませんから、それはそれとして訴状が届いたらすぐに弁護士に相談してください。

あとは、最終的な手段としての債務整理も見据えておく必要があるかもしれません。

私が相続放棄すれば、次は、子供に相続が行きますか?

相続放棄後の相続順位はどうなるか?

その長兄の方が言うには、

あなたが相続放棄をすると、あなたの息子さんが代襲相続をすることはない、

ということなのでしょうか?

であるとすると、その説明は正しいです。

ちなみに、「代襲相続」とは、『被相続人よりも先に死亡しているなどの場合に、その本来の相続人の直系卑属が本来の相続人と同じ地位を相続すること』を言います。

つまり、どういうことかを例を挙げて言いますと、

越後正一郎がお爺ちゃん

越後正太郎が子供

越後太郎が孫

として、越後正太郎(子供、越後太郎から見ると父)が、越後正一郎(お爺ちゃん)よりも先に亡くなっている場合に、越後正一郎(お爺ちゃん)が亡くなった時の越後正太郎の相続分をそっくり越後太郎が相続することを言います。

代襲相続するのは、直系卑属、つまり、直系の下の方のラインだけです。上に行くことはありません。

また、配偶者も代襲相続することはありません。

ただし、兄弟姉妹が本来の相続人であるが、その本来の相続人がすでに亡くなっている場合には、その子供に限って(一代限り)代襲相続が認められます。

相続放棄では代襲相続は発生しない

その意味では、あなたのお子さんは直系卑属ではあるのですが、相続放棄の場合には、先に死亡していた場合と異なり、代襲相続にはならないのです。

上記の例で、越後正一郎(お爺ちゃん)が亡くなった段階で、越後正太郎(子供)が生きているとして(これが普通の状況ですが)、越後正太郎が相続放棄をすると、最初から、越後正太郎は相続人でなかったということになるので、越後太郎(孫)も父である越後正太郎に代わって相続する、ということにならないのです。

お兄様も故意に嘘をつくメリットはありません。

お兄様は自分は不動産を相続でもらってしまっているので観念して、少なくとも、あなたには債務が行かないように、助言してくれているのではないでしょうか?

いずれにせよ、相続放棄も簡単にはいかないと思いますので、弁護士に相談してみた方がいいです。

安易に中途半端な相続放棄の手続をしてしまうと、株主代表訴訟との関係で、取り返しのつかないことになってしまう可能性がありますので、慎重に検討してください。